「1995年1月17日午前5時46分」、私はこの日を一生忘れることはありません。
あの日、神戸の街は音を立てて崩れた。いつもの景色、住み慣れた家、人の命も・・・多くの大切なものが一瞬で失われてしまったんです。そして、私も含め、被災した方々にとっては、あのショッキングな震災は「生きる」ということを改めて噛みしめた出来事だったと思います。今回取り上げる小説は、そんな記憶の奥に鮮明に残る風景を丁寧に描きながら、前を向いて進む力強さを届けてくれる物語です。
心に沁みるあの日の神戸・長田
この物語の舞台は、震災で大きな被害を受けた神戸市長田区。登場するのは、震災で両親を失った小学生の三兄妹と、彼らを引き取った心療内科医・通称「ゼロ先生」という、少し不思議な「家族」です。
最初に心をつかまれるのは、神戸の町を舞台にした描写のリアルさ。がれきの山になってしまった街が、少しずつ再建されていく姿。子どもたちの笑い声が戻ってきた商店街。そこに流れる空気には、震災を経験した人ならきっとわかる、熱と優しさがありました。
ゼロ先生は、実の子どもでもない三兄妹を、ただ「かわいそうだから」という理由で引き取ったわけではない。彼自身が心に大きな喪失を抱えており、助けることで自分自身も救われている。彼の存在が、間違いなくこの物語の軸になっています。
三兄妹とゼロ先生との間に育まれていく信頼や絆は、どこかぎこちないながらも、じわじわと胸に沁みてくる。日々の食事、学校への送り迎え、些細なケンカと仲直り。それら一つ一つが、「人と人が支え合うこと」の大切さを静かに伝えてくれます。
「翔ぶ」ということ

物語の中で、三兄妹の真ん中である少女には「ニケ」という名前がつけられています。これはギリシャ神話に登場する“勝利の女神”にちなんだ名前。最初はずいぶん大げさな名前だなと思ったけれど、読み進めるうちに、この名前の持つ意味が、私なりにわかったような気がします。
震災で家族を失い、見知らぬ大人と暮らし、環境が激変する中でも、ニケは兄たちと支え合いながら、懸命に「普通」を取り戻そうとする。その姿は、小さな体に似合わず、まさに“勝利”の名にふさわしい力強さ。
終盤には、ニケの背中に羽が生えて空を飛ぶという、やや突飛な展開が出てきます。初めて読んだときは、「あれ、急にファンタジー?」と正直とまどいました。でも、「現実だけを描く」ことでは伝えきれない心の解放や再生を、羽をつけたニケの姿で表現しているんじゃないかと思ったのです。どんなにつらくても、自分の力で未来へ向かって「翔ぶ」こと。それがこの物語のテーマなのかもしれません。
震災から立ち上がろうとする神戸の人々の姿と、ニケが羽ばたくラストシーンが、重なるように心に残る。そんな温もりのある物語です。
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物語の舞台・長田区にある「鉄人28号」の巨大モニュメントです。長田にゆかりの深い漫画家・横山光輝さんの作品「鉄人28号」の魅力で街を盛り上げようと、2009年に震災復興と地域活性化のシンボルとして作られました。
今回の小説は・・・
今回取り上げた小説は、原田マハさんの『翔ぶ少女』です。神戸市長田区を舞台に、震災で両親を失った三兄妹と心療内科医・ゼロ先生が織りなす、再生と希望の物語。羽を得た少女が未来へ翔び立つ、静かな感動を与えてくれる一冊です。
ぜひ一度、あなたの「記憶」と重ねながら、この物語を読んでみてください。

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