「この夏を西武に捧げようと思う」
宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りに行く』は、この一言から物語が始まります。
2024年本屋大賞を受賞して話題にもなったし、物語の舞台が滋賀県だと知ったこともあって読み始めたのですが、もうこの最初の一節から、いい意味で意表を突かれました。表紙には西武ライオンズのユニフォームを着た女の子が描かれているのに、その“西武”がプロ野球チームではなく百貨店の“西武”だという、ちょっとした違和感。でも、直感的に“面白そう”と思えたのです。
野球ならば、応援グッズを片手にライオンズをとことん追いかける、みたいな物語もイメージできるけれど、百貨店に夏を捧げるって??
読み進めるうちに、ちょっと変わった行動に映るけれども自分に真っ直ぐな主人公の姿に、どんどんハマってしまいました。
主人公の成瀬あかりは、自分の思うままに突き進む10代の女の子。人になんと思われようと、自分の納得感を大事にするタイプで、他人から見ると「変わっている」「関わりたくない」と映ることも多い。でも、どこか憎めない魅力があるのです。好奇心の強さや、気になったことをすぐ行動に移す姿から、自分には無いものを感じたからかもしれません。
物語の序盤では、2020年に閉店した西武大津店が舞台になります。地元のテレビ局が閉店までの1か月のあいだ、店内から夕方の生中継をすると聞きつけた成瀬は、百貨店へ毎日通います。目的はただひとつ、テレビに映り込むこと。
誰かに声をかけてほしいわけでも、目立ちたいわけでもない。なぜそんなことをするのか、彼女なりの理由はあるのだけれど、やはり謎。でも「行かずにはいられない感じ」は、読んでいる側にも妙に伝わってきます。
それにしても、彼女の行動は突拍子もないものばかりです。200歳まで生きると言い出したり、大津にデパートを建てたいと本気で語ったり、髪をどこまで伸ばせるか試したくなって剃ってしまったり。漫才でM-1を目指すかと思えば、競技かるたにも挑戦する。進む方向は一見バラバラで、いったい何をめざしているのかと思えるけれど、不思議と一本の軸が通っているように感じられるのが成瀬らしさなのです。

私自身、年齢を重ねるほど、新しいことを始めるのに少し腰が重くなる瞬間があります。「できないかな」「無理かもしれない」と考えてしまうことも増えます。「何の意味があるの?」とか思うこともある。でも成瀬の姿を見ていると、そういう言い訳はいったん横に置いて、まずは試してみればいいじゃないか、と感じさせてくれるのです。
もし上手くいかなくても、その結果をちゃんと受け止めて、そこから次の一歩を探せばいい。無駄なことなんてないよなと改めて思います。何か始めるのに年齢は関係がないし、小さなことでも自分のできるこから始めればいいのですよね。
この物語は、女の子の青春物語だけれども、どこか心に響くものが残ります。成瀬の行動力や純粋さが、ちょっと羨ましくもあるし、読者である私たちに「やりたいことは始めてみよう」「まだできることはある」と自然に語りかけてくれているようにも感じます。大の大人が10代の女の子に励まされるって…と思わなくもないけれど、それぐらい成瀬には魅力があるのです。
どこまでも徹底的にチャレンジする成瀬。いつかきっと大きなことを成し遂げるのでしょうね。彼女がこれからどんな道を歩むのか、物語の続きが静かに楽しみになる一冊でした。これからの成瀬に期待です。










