舞台は現代の京都。でも登場するのは、狸と天狗ばかり。
『有頂天家族』の物語は狸の家族が主役なんです。本物の人間はほとんど登場しない脇役。なのに、読んでいると不思議と胸がざわついたり、あたたかくなったりします。
京都の町に暮らす狸たちの、笑えて泣ける毎日に、人間の私たちが普段感じている葛藤とか悩みとか、家族への想いが詰まっています。
『有頂天家族』
ご当地度 :★★★★☆
非日常度 :★★★★★
ほっこり度:★★★★☆
一気読み度:★★★☆☆
余韻の深さ:★★★☆☆
主役が狸なので、人間の世界から見ると非日常の連続。でも、家族想いで自由に生きる狸たちの姿は、とても人間味にあふれています。
「狸が主役の物語」と聞くと、現実離れしたファンタジーを思い浮かべるかもしれません。でもこの物語の狸たちは、実に現実的です。
兄弟げんかはするし、親の死を悔やむし、誰かに嫉妬もする。そんな姿が妙にリアルで、人間よりも人間らしいと感じることもあります。
この物語の中では、家族のつながりがとても丁寧に描かれています。口では好き勝手なことを言い合いながらも、なんだかんだで支え合っている狸たちの姿には、ふと自分の家族が重なって見えてくる。
特別なことをしているわけではないのに、日々のやりとりの中に、家族という関係の奥深さがにじんでいるんです。
「自分だったらどうするだろう」「家族ってなんだろう」——そんなテーマが、ユーモアの中に込められているところも、この作品の魅力の一つ。
決して説教臭くはないけれど、日々を大切にしたいと思えます。そして、日々を大切にするために、狸たちは「面白く生きる」ことを信条に自由に生きているんです。
「面白く生きる」という言葉、この物語の中で繰り返し出てきますが、自由気ままな生き方に見えて、実はとても強い意志を感じます。単なる気楽さや気まぐれではなく、「どんな状況でも自分らしく楽しむ」という姿勢です。
仕事や家族のことに追われていると、自分が何を楽しいと感じていたか、ふと分からなくなることってありませんか?
そんな時にこの物語を読むと、「もっと肩の力を抜いてもいいのかもしれない」と思わせてくれます。
物語の中には、自由奔放なだけではない「面白く生きる」姿がいくつも描かれます。自分の弱さを知っていて、それでも笑って前に進もうとする狸たち。
誰かに頼ったり、誰かのために少し無理をしてみたり。そうした日常の中に、彼らなりの“面白さ”がちゃんと存在している。案外こんな狸たちの姿が、人生の大事なことを教えてくれるのかもしれません。
読みながら笑って、少しホロっとして、でも最後には前向きな気持ちになれる物語です。
こんな風に書いていると、なにやら人生哲学みたいですが、京都が舞台の物語なので、もちろん京都の街の風情は、ちゃんと味わえます。
鴨川、下鴨神社、夷川の街並み、四条大橋や南禅寺など、実在の場所で、狸の家族が暮らしている。
観光ではない、普通の暮らしの空気感が描かれているので、狸たちの暮らしがリアルで、不思議と親近感がわいてきます。
森見登美彦さんの『有頂天家族』は、京都の街を舞台に、狸たちが繰り広げるユーモラスで奥深い物語です。
ファンタジーの中に、家族のつながりや、自分らしい生き方とは何かが、笑いと哀愁を交えて描かれる。読みやすくて味わい深い一冊です。
人生の「面白さ」を狸たちから学んでみませんか?心に余白が生まれる物語です。










