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野球が好きなのに、野球ができなかった人たちがいる。
万城目学さんの『八月の御所グラウンド』を読んでいて、そのことが妙に心に残りました。
この物語、舞台は蒸し暑い真夏の京都。
ある大学生が、「たまひで杯」という、ちょっと訳の分からない草野球大会に、早朝から強制的に参加させられます。
最初はイヤイヤ参加させられた主人公も、寄せ集めのメンバーも、気づけば純粋に夢中になって野球をやっている。
勝ちたい。
打ちたい。
そして、もう一試合やりたい。
そんな純粋に「野球ができてうれしい」という気持ちが伝わってきます。
ところが読み進めていると、なんとなく違和感を覚えるのです。
この人たちは、なぜどこか寂しそうなのだろう。こんなに野球を楽しんでいるのに。
その理由が分かったとき、この物語の「楽しさ」の意味が少し変わって見えてきます。
この物語を読んでいて、小学生の頃を思い出しました。
当時、私の周りで身近なスポーツといえば野球。
学校が終わると、一度家に帰ってグローブとバットを持ち、自転車でそのまま校庭にとんぼ返り。
人数が足りなければ、勝手にルールを作る。
外野を守る人がいなければ、外野に打ったらアウト。
打順が回ってこない時には相手チームの守りにつく。
もう野球の醍醐味も何もあったもんじゃないけれど、暗くなるまでやっていました。
日曜日には、朝から近くの市民グラウンドに集まって、「今日はダブルヘッダーや」とか言いながら、お弁当持ちで野球。
他の学校の子がいれば、「一緒にやろう」と声を掛けて、急遽「試合しよう!」となったこともありました。
思い出してみると、あの頃の楽しかった野球の映像が浮かんでくるんですよね。
だから、この物語の登場人物たちが野球を楽しんでいる姿に、自然に引き込まれました。
『八月の御所グラウンド』の登場人物たちも、野球を始めると、まるで昔からの仲間だったかのように一つになっていきます。
メンバーが足りないからと誘われた助っ人たちも、
「野球がしたいから」
「仕事前の運動に丁度いい」
早朝にもかかわらず、ニコニコして楽しそうに、次の試合も、その次の試合も参加する。
勝敗はもちろん気になる。
でも、それ以上に、野球そのものを楽しんでいる。
知らない者同士をつないでいるのが、野球への純粋な気持ちなんです。
ここから、物語は少し切ない場面になってきます。
この助っ人たちは、ただ野球が好きな人たちではありません。
野球が大好きだったのに、できなかった時間があったのです。
だからこそ、野球をしている姿が、ただ楽しそうなだけではない。
「やっと野球ができた」
そんな喜びが、彼らの姿から伝わってきます。
彼らがどれほど野球が好きだったか。
そして、なぜどこか寂しげな雰囲気を感じるのか。
それは、野球が好きで夢中になった私にとっては、あまりに切ない事実でした。
子供の頃の私は、野球がしたいと思えば、グローブを持って校庭へ行けばよかった。
でも、この人たちは、それができなかったのです。
好きなことができる。
普段は、特別なことだとは思いません。
でも、それができなかった人にとっては、当たり前だったはずの時間が、かけがえのない時間だったのです。
この物語は、野球の楽しさを感じられるとともに、「好きなことができる喜び」を描いているのだと思います。
だから、野球に詳しくなくても、スポーツが苦手でも、「自分にも夢中になっていたものがある」という人なら、何か感じるものがある物語です。
「たまひで杯」の試合が行われるのが、京都御所に実在しているグラウンド。京都御所の他にも、出町柳や三条大橋、河原町にあるパスタ店「セカンドハウス」など、物語には京都の街が随所に登場します。
野球に夢中になる大学生と、やっと野球ができた喜びを感じる助っ人たちの、少し寂しくて悔しくもあるけれど、どこか晴れやかな気持ちになれる『八月の御所グラウンド』。
私の読後の印象はこんな感じです。
ご当地度 :★★★★★
生活実感 :★★★☆☆
ほっこり度:★★★☆☆
一気読み度:★★★★☆
余韻の深さ:★★★★☆
派手なスポーツ物語ではなく、ひとつのことに打ち込む姿と、楽しさの裏にある寂しさや悔しさを描きます。2作合わせて200ページ程度のボリューム。物語のテンポもよくて、一気に読めます。
この小説は、170回直木賞受賞作。
この中には、高校女子駅伝をテーマにした『十二月の都大路上下ル』と、今回紹介した草野球がテーマの『八月の御所グラウンド』の2作が納められています。
この作品、京都が舞台の小説をまとめた、「京都が舞台のおすすめ小説10選」でも取り上げています。よろしければ覗いてみてください。
