今回紹介する『手のひらの京』は、綿矢りささんが、初めて自分の生まれ育った京都を舞台にして書かれた小説。
それが気になって読み始めたのですが、さすが地元育ちの目線。街の空気や景色の描写がとにかくリアルで、「あぁ、京都ってこんな感じ」とうなずいてしまう場面が何度も出てきます。
四季折々の京都を背景に、人の心の動きがじんわり伝わってくる一冊です。
『本のタイトル』
ご当地度 :★★★★★
非日常度 :★☆☆☆☆
ほっこり度:★★★☆☆
一気読み度:★★★☆☆
余韻の深さ:★★★★☆
京都に暮らす家族の日常エピソードを丁寧に拾い集めた印象の作品。この物語には、京都出身の綿矢さんならではの視点で、観光では見えない京都の姿があります。
物語は、京都で暮らす三姉妹が主人公。それぞれに、仕事や学業でそれなりに充実した毎日を送っていますが、当然ながら悩みや迷いも持っている、ごく普通の家族です。
姉妹はお互いに、どこか遠慮がちなところや、不器用なところもあるけれど、付かず離れずいい感じの距離感。なにげないことで笑い合ったり、さりげなく気遣ったり。
長い時間を仲良く暮らしてきたんだろうなあーと思わせる、京都での日常が綴られています。
そして、そんな三姉妹を見守るのが京都の街。賑わう祇園祭や八坂神社、伏見稲荷のように有名どころはもちろん、地元目線ならではの、街のちょっとした景色がとても印象深いんです。
例えば、物語の最初一節。三女・凛が鴨川を眺めるシーンでは、
京都の空はどうも柔らかい。頭上に広がる淡い水色に、綿菓子をちぎった雲の一片がふわふわと浮いている。鴨川から眺める空は清々しくも甘い気配に満ちている。
「手のひらの京」 Kindle 版 位置No.13
もう京都のゆったりした風景が目に浮かびませんか。
他の場面でも、低い山々に囲まれた京都の街を、「まるで川に浮いていたのを手のひらでそっと掬いあげたかのよう」とか、観光客が集まる昼間の嵐山ではなく、雪がうっすらと積もった真冬の夜、渡月橋をバックに、「水墨画の世界」を思わせるとか。
観光目線じゃない、京都で暮らしているからこその視点だなぁーと思うのです。
こんな小さな京都の街で、ちゃんと前を向いて進む三姉妹の姿は力強く見えます。それぞれに苦労や悩みごとも抱えているけど、のんびりした京都の街と、やわらかな京都弁のおかげもあってか、物語はどこか”ほのぼの”としています。
この物語に出てくるのは、ほんとに日常のちょっとした出来事。舞台が京都であることを除けば、どこにでもあるようなエピソードです。
祇園祭の夜に偶然の再会があったり、会社の人間関係に嫌気がさしたり、渡月橋で恋愛が進展したり。こんなちょっとした出来事の中に、人との繋がりや距離感が感じられます。
人との距離感って難しいですが、この物語に出てくる人との距離感で印象的だったのは、次女の羽依が同僚の「いけず」に対抗するシーン。
羽依は、どちらかというと自分の考えをはっきり言うタイプの女性だけど、会社ということもあって、真正面から言うのは少し躊躇もある。
でも最後には我慢ならずって感じで言い放つんです。この距離感と本音の見せ方が、彼女の強さと弱さを同時に感じられて、スッキリします。
この「いけず」文化。一見やわらかい言い回しの中に、ちょっとした拒絶や本音が隠れている。物語の中では、こんな風に出てきます。
京都の伝統芸能「いけず」は先人のたゆまぬ努力、また若い後継者の日々の鍛練が功を奏し、途絶えることなく現代に受け継がれている。ほとんど無視に近い反応の薄さや含み笑い、数人でのターゲットをちらちら見ながらの内緒話など悪意のほのめかしのあと、聞こえてないようで間違いなく聞こえるくらいの近い距離で、ターゲットの背中に向かって、簡潔ながら激烈な嫌味を浴びせる「聞こえよがしのいけず」の技術は、熟練者ともなると芸術的なほど鮮やかにターゲットを傷つける。
「手のひらの京」 Kindle 版 位置No.972
先ほど「やわらかな京都弁のおかげで物語がほのぼのとしている」って書いたばかりでなんなのですが、よそから来た人にはちょっと怖いのかも。
そこを、あえて「伝統芸能」と表現するところが、これまた地元出身ならでは。京都の人なら「あるある」と普通に笑えると思うんですけどね。
『手のひらの京』は、三姉妹のそれぞれの選択や悩みを通して、彼女たちを囲む京都という街の魅力や、人との距離感を描いた物語。観光客があまり知らない地元ならではの景色や暮らしぶりが、さりげなく散りばめられています。
物語の背景にある、京都の季節感もいい感じ。春は桜、夏は祇園祭に送り火、秋は紅葉、冬は雪景色の嵐山。それぞれの景色が、三姉妹の気持ちに寄り添うように出てくるので、読んでいると「今、この季節の京都に行きたいなー」って思います。
派手さはないけれど、読み終えたあとにじんわり残るものがある。そんな物語です。
この作品、京都が舞台の小説をまとめた、「京都が舞台のおすすめ小説10選」でも取り上げています。よろしければ覗いてみてください。










