もう10年以上も前の話なのですが、休みの日にふらっと立ち寄った本屋さんで、妙に気になる表紙が目に留まりました。
イラストレータの中村佑介さんが手掛けた、大正ロマン的な雰囲気が漂うレトロなイラスト。どこか京都っぽい、懐かしさと遊び心が同居するその表紙に興味をひかれて手に取ったのが、今回紹介する『夜は短し歩けよ乙女』。
読んでみると、表紙の印象通り。ついさっきまで何気ない日常の風景だったのに、突然、そこに非日常の世界が広がってくる。
でもその非日常の世界が、なぜか京都の街や路地裏のリアルな風景に自然に溶け込んでいる、そんな物語です。
『夜は短し歩けよ乙女』
ご当地度 :★★★★★
非日常度 :★★★★☆
ほっこり度:★★★★☆
一気読み度:★★★☆☆
余韻の深さ:★★☆☆☆
物語の展開はスピーディーだけれど、日常とファンタジーが混ざり合った不思議な世界観をじっくり味わいたい作品。京都の街を駆け回る「乙女」の自由奔放さが、ほっこりして爽快です。
この物語の舞台は京都。だけど、ここに描かれているのは、観光ガイドのような整った風景だけじゃありません。
大学のサークル活動、先斗町の夜、謎の骨董市、そして学園祭…。観光じゃない街の空気感が、どこかリアルで、そして妙に心に残ります。
登場するのは、「黒髪の乙女」と呼ばれる自由奔放な女性と、彼女に密かに思いを寄せる「先輩」。
この先輩、どうにか乙女に振り向いてもらおうと、あの手この手で“偶然”の出会いを演出しようとするんですが、ことごとく空回り。
もう本当にヘタレなんです。読んでいて、「いやいや、素直に言えばいいのに」とツッコミたくなるのですが、それがまた微笑ましい。
そんなふたりが歩く京都の夜は、リアルとファンタジーの境界があいまいな世界。歴史ある現実の街並みに、突然、三階建ての電車が走ってきたり、ダルマが空から降ってきたり。でも次の瞬間にまた現実の街に引き戻される。
そんなあり得ない光景なのに不思議と違和感なくなじんでしまうのは、京都という街が元々どこか浮世離れした雰囲気をもっているからなのかもしれません。
この物語の軸となっているのは、“自由すぎる乙女”と“奥手すぎる先輩”の関係性です。乙女は、興味を持ったものには全力で飛び込み、人見知りせず、夜の京都を元気いっぱいに駆け回ります。
一方、先輩はというと、自分の気持ちをなかなか伝えられず、ただ遠くから乙女を追いかけるばかり。
このアンバランスなふたりの様子が、それぞれの視点から交互にテンポよく描かれていて、読んでいてニヤニヤが止まりません。
甘ったるい恋愛物語ではないけれど、なぜか、ふたりの距離が少しずつ近づくように応援したくなります。
そして、乙女が縦横無尽に駆け巡る京都の街は、どこか現実と夢の間のようだし、彼女が訪れる古本市や飲み屋、下鴨神社の糺の森など、実在の場所がたくさん出てくるのも、京都好きにはたまらないポイント。
四条大橋や先斗町のような馴染みのある場所が、異世界の入口のように描かれる場面もあり、京都に詳しい人ほど「あの場所がこうなるか…」と思えるはずです。
『夜は短し歩けよ乙女』は、2007年第20回山本周五郎賞の受賞作。京都を舞台に、自由奔放な女子学生と、彼女に惹かれる男子学生が繰り広げる不思議でコミカルな青春恋愛ファンタジー小説。現実と幻想が入り混じる世界観が魅力です。
観光名所が随所に出てくるのはもちろん、京都のなにげない日常も登場して、京都の雰囲気が存分に楽しめます。ちょっと変わった京都の旅気分を味わいたいなら、まずはこの一冊から。
この作品、京都が舞台の小説をまとめた、「京都が舞台のおすすめ小説10選」でも取り上げています。よろしければ覗いてみてください。










