時折ふと思い出す風景や出来事。あなたには、子供の頃の忘れられない思い出ってありますか?
今回紹介する、小川洋子さんの『ミーナの行進』は、大切で忘れられない、二人の少女の一年を振り返る物語。
舞台は昭和四十年代の兵庫県芦屋市。読んでいると、当時の大きなお屋敷の空気や、のんびりとした雰囲気が、どこか懐かしくて心地よい物語です。
小川さんの静かでやわらかい文章で、その雰囲気がいい感じに伝わり、落ち着いた気分になりますよ。
『ミーナの行進』
ご当地度 :★★★★☆
生活実感 :★★★☆☆
ほっこり度:★★★★★
一気読み度:★★★☆☆
余韻の深さ:★★★★☆
ゆっくりとした時間が流れている、昭和の芦屋の日常が静かに味わえる。二人の少女の、何気ないけれど大切な時間が伝わる物語。
誰もが通り過ぎてきた、あの頃の時間を思い出す
物語は、大きな洋館に個性豊かな家族が暮らす、少し変わったお屋敷が舞台です。
その家に預けられることになった主人公の女の子・朋子と、彼女のいとこであり、生まれつき体が弱いけれど聡明な女の子・ミーナが出会うことから始まります。
この作品には、木製の小さな座椅子つけて歩くコビトカバの「ポチ子」や、ハンサムだけど少し謎めいた伯父さん、お洒落なドイツ人のおばあさん、そして、図書館のように天井に届きそうなぼど多くの本など、どこか現実離れした、けれど魅力的な要素がいくつも出てきます。
しかし、この物語の一番のポイントは、そうしたユニークな設定そのもの以上に、大人になった現在の朋子が、子供の頃の「ミーナと過ごした、たった一年間の思い出」を、なつかしく振り返っている、という視点です。
あなたは、過去の自分を振り返ることがありますか。仕事や日々の生活に追われていると、子供の頃の記憶なんて、とうの昔に通り過ぎてしまった過去のことかもしれません。
だからこそ、過去を振り返る朋子の目線を通して描かれるこの物語は、自分がいつの間にか忘れかけていた大切なものを、もう一度思い出させる。そして同時に、「戻らない時間の短さ」も感じます。
淡々と描かれる穏やかな日常の中で、どんなに楽しい時間にも、必ず終わりがある。少し寂しいけれど、大切にしたいよね、という気持ちが、物語のベースにあるような気がします。
ベッドの下に隠された、二人だけの小さな秘密
そんな二人の日々のなかでも、私が特に印象に残るエピソードがあります。それが、ミーナが集めている「マッチ箱」にまつわるお話。
ミーナには、誰にも見つからないように、ベッドの下に大切に隠している宝物がありました。それが、綺麗なマッチ箱のコレクションです。
でも、ただマッチ箱を集めていたわけじゃありません。そこには、自分だけの大切な秘密があったのです。
ある日、ミーナは「ねえ、これ、見る?」と言って、その秘密の宝物を朋子にだけ教えてくれます。二人でベッドを壁側に押しやって、そのコレクションを覗き込む。
その瞬間に、二人の間には、世界中で彼女たちだけしか知らない、特別で見えない絆が生まれます。
マッチ箱なんて、別に特別でもない消耗品に過ぎません。でも、当時の彼女たちにとっては、そのベッドの下の小さな箱こそが、何物にも変えがたい大切な宝物でした。
一人の少女が、もう一人の少女に心を開き、自分だけの秘密の場所を分け合う。その純粋で自然な関係があるからこそ、彼女たちの大切な時間と絆の深さが伝わってきます。
『ミーナの行進』は、悲しい出来事や時代の移り変わりも描きながら、読み終えたときには、落ち着いた芦屋の街の雰囲気と、楽しそうに一緒に歩くミーナと朋子の姿が目に浮かぶようです。
この物語の空気感や、ベッドの下に並んだマッチ箱、そしてポチ子の背中から見える景色を、あなたはどう感じるでしょうか。
この小説は、「兵庫が舞台のおすすめ小説10選」でもピックアップしています。他にも「兵庫の空気感」を感じる作品を選んでいますので、よろしければあわせてお読みください。











