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「漫才でオカンを笑かし続けたる」
兵庫県尼崎市を舞台に描かれる、成海隼人さんの『尼崎ストロベリー』は、これでもかというほど息子を思うオカンと、そんなオカンを真っ直ぐに慕う高校生の息子が主人公。
親子二人の生活は、決して裕福ではありません。でも、そこに苦労や悲壮感は微塵もない。
自分たちなりの楽しみを見つけ、寄り添いながら朗らかに暮らす、どこにでもいる仲の良い親子。そんな穏やかな日常を変えてしまうのが、「オカンの癌」です。
ここだけ聞くと、どうしても暗く悲しい話を想像しますよね。
もちろん、大好きなオカンが入院してしまうのですから、しんみりする場面も出てきます。
ところが、この物語は、そこで読者を泣かせる方向には進みません。
息子は、オカンの笑顔をいつまでも見ていたい。その一心で漫才を始めます。
しかも、コンクール出場もコンビ名も出囃子まで、オカンが一緒になって考えていく。
病気になったオカンを、息子が一生懸命励ます。そういう「泣ける話」だけではなく、そんな状況にあっても常に「笑い」に溢れているところが、この物語の面白さだと思います。
尼崎といえば、阪神・阪急・JRの三路線が走り、梅田にも神戸にもすぐに出られる非常に便利な場所。
かつては治安や環境の面で少しネガティブなイメージを持たれることもありました。それが今では「住みたい街」のランキングで一位に選ばれるほど、その魅力が再評価されている街です。
私の中にある尼崎は、良くも悪くも「雑多」というイメージ。
高級で静かな住宅街もあれば、活気ある工業地帯もある。そして昔ながらの人情味が色濃く残り、阪神タイガースを熱烈に応援する商店街もある。
いろいろなものが混ざり合っている。
『尼崎ストロベリー』を読んでいると、そんな尼崎の空気が、物語の中にも流れているように感じます。
特に阪神尼崎駅周辺を舞台にした親子の暮らしは、決して華やかではありません。
でも、なぜか温かい。
そして、その温かさを作っているのが「笑い」です。
物語中にはもちろん漫才が登場します。
漫才ネタも面白いのですが、私がそれ以上に面白いと感じたのは、むしろ友達やオカンとの何気ない会話でした。
テンポの良い掛け合いが、まるで練りに練られた漫才のようで、読んでいると思わず吹き出してしまう場面が次々と出てきます。
もちろん、関西人だからといって、いつも漫才のように話をしているわけではないのですが、なぜか、どこかに「笑い」の要素が入っている気もします。
病気という重いテーマを扱っているのに、物語全体が暗く沈んでしまわないのは、この「笑い」があるから。
人それぞれ「笑いのツボ」も違うでしょう。とはいえ、誰しも共感できるだろうなと思ったオカンの言葉が、物語の終盤にでてきます。
マイナスなありとあらゆることをな、最後に全て、笑いに変えてほしいねん。
『尼崎ストロベリー』 単行本P141より引用
「笑い」があればすべてが解決する、なんて魔法のようなことは言いません。
でも、この言葉には、単に「明るく生きよう」という以上のものがあると思います。
誰にでも、できれば思い出したくない出来事が一つや二つあるのではないでしょうか。
そのときは本当に辛かった。
腹が立った。
情けなかった。
もう二度と経験したくない。
そんな出来事でも、何年か経って友人と話しているうちに、
「あのときは大変だったな」
と笑えることがあります。
「あんなこともあった、こんなこともあった」と笑い飛ばして盛り上がる「ネタ」になっているような話。
あなたにもありませんか?
もちろん、すべての辛い出来事が笑い話になるわけではありません。
それでも、いつか振り返って「あれも人生の一部だった」と思える日が来ることはある。
オカンの言う「最後に笑いに変える」という言葉はきっと、嫌なこと、辛いことがあったとしても、下を向いて立ち止まっちゃダメ。
いつか振り返って笑える日が来るまで、前を向いて歩き続けなさい、というエールなのだろうと思います。
単に「病気と闘う親子の感動物語」ではない、笑いと愛情にあふれたこの物語。
どんな読み心地なのか、私なりにまとめてみます。
ご当地度 :★★★★☆
生活実感 :★★★★☆
ほっこり度:★★☆☆☆
一気読み度:★★★★☆
余韻の深さ:★★★★☆
悲しくて辛い場面もあるので、ほっこり度は低いのだけれど、そんな悲しいことも吹き飛ばすように、笑いに溢れた物語です。
雑多だけれども温かい尼崎の空気感と、そこに暮らすいつも「笑い」を忘れない親子。
『尼崎ストロベリー』は、いま何かに悩んでいたり、落ち込んでいたりしていたとしても、「なんとかなるわ、笑ろとこ!」と、明るいオカンが元気づけてくれます。
尼崎の街が変わってきたように、時が経って街も暮らしも変わったとしても、きっと「笑い」は変わらないはず。
最近ちょっと元気がでないな、という時にも、ピッタリの物語です。
兵庫県が舞台となっている小説を集めた、「兵庫が舞台のおすすめ小説10選」でも、『尼崎ストロベリー』をピックアップしています。
兵庫県各地の空気感が感じられる物語を選んでいますので、合わせてチェックしてみてください。
