♬ 京橋はええとこだっせ… ♬
昭和生まれの関西人には、このCMソングでお馴染みの老舗キャバレー。高殿円さんの『グランドシャトー』は、このキャバレーがモデル。
悲しみを抱えながらも懸命に生きる、「グランドシャトー」のNo.1ホステス「真珠」と、彼女を慕う「ルー」、二人のホステスの物語です。
『グランドシャトー』
ご当地度 :★★★★☆
生活実感 :★★★☆☆
ほっこり度:★★☆☆☆
一気読み度:★★☆☆☆
余韻の深さ:★★★★☆
この物語で描かれているのは現実的な日常です。しかし時代背景が、昭和~平成初期と、現在の日常とは少し違うことから、生活実感は★3としました。
「食べる?よかったら」
これが、真珠とルーとの出会いでした。
とある事情から、実家を逃げるように飛び出してきたルー。お金もなければ、頼れるあても、今夜寝る場所すらありません。
京橋駅が見える橋の上で途方に暮れていたところに、そっと「満月ポン」を差し出してくれた見ず知らずの女性。それが真珠だったのです。
昭和38年春のこの出会いから、時代が平成に変わるまでの約30年間。二人は遠く離れてしまったこともあったのですが、どんなに距離が離れても、彼女たちの結びつきが解けることはなかったのです。
この小説の表紙イラストを見ると、まばゆいシャンデリアや色鮮やかなドレスが躍る、きらびやかな夜の社交場の物語を想像するかもしれません。
けれど、この物語は単なる華やかな夜の世界の成功物語では決してないのです。やはり、読んでいて目が離せなくなるのは、いろんな苦難や悲しみを背負いながらも懸命に生きる、二人の女性の生き様そのものです。
人には言えない心の傷を隠しながらも、「誰に何と言われようと、自分の足で立って生きていくんだ」という、凄まじい覚悟と誇りです。
そして物語を読み進めるほどに、深く思わずにはいられなかったことがあります。それは、二人にとってお互いが一体どんな存在だったのか、そして、「グランドシャトー」という場所が、それぞれにとってどんな意味を持っていたのかということ。
真珠にとっての「グランドシャトー」は、単なる「働く場所」でも、愛着のある「お気に入りの場所」でもありませんでした。 彼女にとってここは、「自分の存在そのものが、過去のあの日に置いたままになっている場所」なのです。
真珠をよく知る常連客の一人が、ぽつりと「あいつはもう死んどる」という奇妙な言葉を漏らします。
その言葉に隠されたあまりに悲しい真意は、物語の終盤で明かされることになるのですが、彼女にとっては、この場所を離れるとか離れないとかいう次元の話ではなかったのでしょう。
彼女の心は、「あの日」から一歩も動けない。最後までここで生き抜くのが、あまりにも当たり前のことだったのです。
それはどこか静かな諦めのようにも見えますが、同時に、他者を寄せ付けないほどの凄まじい覚悟の表れでもある。ここは、真珠が唯一、自分が自分でいられる場所だったのではないかと思います。
だからこそ真珠は、その場所に集まってくる傷ついた人を、理由も聞かずに無条件に受け入れます。そして、彼女らが去っていくときが来ても、決して引き止めたりはしません。
まだ若かったルーに優しく手を差し伸べたのも、彼女にとっては何か特別な善意ではなく、ごく自然なことだったのでしょう。
一方で、ルーにとっての「グランドシャトー」もまた、単なる愛着のある場所ではありませんでした。もちろん、過酷な現実を生き延びるため、お金を稼ぐためには絶対になくてはならない大切な場所です。
けれど、彼女にとって本当に大切だったのは、「グランドシャトー」という箱そのものではなく、「そこに真珠がいるから」に他なりません。
ルーが真珠に向ける眼差しは、憧れとか尊敬とかいう言葉だけでは語り尽くせません。何があっても、どんな手段を使ってでも、大好きな真珠と、真珠がすべてを置いて留まり続けている「グランドシャトー」を守り抜こうとする。一途で強い執念を感じます。
この物語の中で、二人が歩む人生のエピソードには、目を背けたくなるほど辛く、悲しい出来事が数多く降りかかります。それなのに、読み終わった後に不思議と暗い悲壮感だけが残ったりはしません。
それは、二人が寄り添って暮らす日常のなかの、本当に些細でささやかな光景が、温かく、幸せそうに描かれているからだと思います。
毎朝欠かさずにお地蔵さんを掃除したり、商店街へ二人で買い物に出かけたり、決して豪華ではないけれど、温かいご飯を「美味しいね」と分け合って食べたり。
世間から見れば何でもないようなそんな小さな一コマこそが、大きな孤独を背負った二人にとっては、何物にも変えがたい、かけがえのない時間だった気がします。
高度経済成長のエネルギーに溢れていた昭和。バブルに湧き、そして崩壊した平成初期。
『グランドシャトー』は、時代の移り変わりとともに衰退していくキャバレーと、そこで懸命に生きる二人のホステスの姿を通して、一つの時代の終わりを描いているようにも思います。
高殿円さんの『グランドシャトー』は、「大阪が舞台のおすすめ小説10選」でもピックアップしています。大阪各地の雰囲気や人の温かさが感じられる作品を選んでいますので、あなたのお気に入りの物語を見つけてください。











