増山実さんの『波の上のキネマ』は、兵庫・尼崎の映画館と、沖縄を繋ぐ物語。
戦前の沖縄での過酷な環境と、そこにあった映画への強い想い。この想いが、閉館の危機に陥った今の映画館に繋がっていきます。
辛くて悲しいけれど、その中に人の力強さも感じる物語です。
『波の上のキネマ』
ご当地度 :★★★☆☆
生活実感 :★★☆☆☆
ほっこり度:★★☆☆☆
一気読み度:★☆☆☆☆
余韻の深さ:★★★★☆
決して明るい物語ではなく、今の普通の生活からは、想像を絶するような過酷で悲しい物語。その中でも強く生きようとする人々の姿をじっくり読みたい。
物語の舞台となるのは、兵庫県尼崎市の立花にある、独立系の小さな映画館です。
時代の流れとともに、近くに大型のシネコンができたことで客足はみるみる遠のき、映画館は閉館の危機に立たされてしまう。
「このまま閉めるべきか、それともなんとかして存続させるべきか……」
悩み続ける経営者の安室俊介は、ある日の小さなきっかけから、祖父の俊英の代から三代にわたって続いてきた、この映画館の「本当のルーツ」を知りたいと強く願うようになります。
このまま歴史の幕を閉じるにしても、あるいはもう一度立ち上がるにしても、まず「祖父が一体どうやって、どんな思いでこの映画館をつくったのか」を知らなければならない。
それは俊介にとって、逃れられない使命のようだったのかもしれません。
そうして彼が行き着いた先は、なんと戦前の沖縄・西表島にあった炭鉱でした。
今でこそ美しい観光地として知られる西表島ですが、かつてその離島の深いジャングルの奥地には、炭鉱が存在し、そして不思議なことに映画館があったのです。
その映画館が生まれるきっかけを作った人物こそが、祖父の俊英でした。戦前の西表島で、一体何が起きていたのか。そしてなぜ、なにもないジャングルに映画館があったのか。
これは、日本の近代化という歴史の裏側で、過酷な労働を強いられた人々の、あまりにも切なく悲しい物語でもあります。
「給料が良くて、楽な仕事があるよ」という甘い言葉に騙されて集まってきた人々を待ち受けていたのは、生き地獄のような劣悪な環境での強制労働でした。
夢も希望も容赦なく奪われ、バタバタと人が死んでいく毎日。先が見えない圧倒的な不安と、「どうせここからは逃げられない」という諦めの混じった感情。
私には想像することしかできませんが、文字を追うだけでも恐ろしくて、悲しくて、胸が締め付けられるような心地になります。
今の私たちのまわりには、映画以外にも数え切れないほどのエンタメが溢れていますよね。けれど、当時のこの炭鉱夫たちには、本当に「映画」しかなかったのです。
いつ命を落とすかもわからない、極限状態のギリギリの生活の中で観る一本の映画。
それは彼らにとって、過酷な現実を一瞬だけでも忘れさせてくれる、単なる暇つぶしや娯楽としての楽しさを、遥かに超えた存在だったのではないでしょうか。
そんな絶望的な環境から命がけで抜け出し、尼崎の地で映画館をつくった祖父・俊英の、強くて熱い想い。
その想いは、今を生きる孫の俊介へと、しっかりと繋がっているはずです。
『波の上のキネマ』は、尼崎の映画館をなんとかしたい、映画館のルーツが知りたいと、俊介が過去をたどる物語だと思って読み進めていたら、途中で一気に戦前の沖縄に舞台が切り替わる。
この展開が意表をついていて、タイムスリップしたような感覚でした。
ジャングルの奥に映画館があったなんて信じられないような話だけれど、炭鉱での過酷な労働と、逃げようにも逃げられない辛さと悲しみ。そんな中で映画を観ている人の笑顔……。
小説だけれど、そんな光景をリアルに感じます。
『波の上のキネマ』は、「兵庫が舞台のおすすめ小説10選」でもピックアップしています。兵庫県各地の空気感が感じられる物語を選んでいますので、合わせてチェックしてみてください。










