体にまとわりつくようにじわっと蒸し暑い夏、足元からゾクッとするような底冷えの冬。
今回紹介する、千早茜さんの『さんかく』は、そんな京都の空気感と美味しそうな食べ物を交えて、ちょっと複雑な男女の関係を描いた物語です。
『さんかく』
ご当地度 :★★★★★
生活実感 :★★★★☆
ほっこり度:★★★☆☆
一気読み度:★★★☆☆
余韻の深さ:★★★★☆
京都の空気感と料理が、男女3人の微妙に揺れ動く心情に溶け込むように描かれています。普段の京都の暮らしが垣間見えて、恋愛物語だけれど、どこかなつかしさも感じる物語です。
物語の最初の一文に、ちょっと湿ったような空気感がパッと浮かんできました。
雨が降ると、木造の古い京町家は濡れた土の匂いでいっぱいになる。
『さんかく』 単行本P7より引用
物語の舞台は京都。そこで過ごす一人の男性と二人の女性、三人の「大人の恋愛模様」が一年を通して描かれています。
自分というものをしっかりと持っている二人の女性と、どこかどっちつかずで煮え切らない一人の男性。
「よくある人物設定」かもしれませんが、読み進めるにつれて、三人の揺れ動く心情が、自分の身近なところで起こっているかのように、つぶさに伝わってきます。
この三人の物語に欠かせないのが、章題にもなっている「食」の存在です。
「塩むすび」「人参」「ミックスサンド」……。並んでいるのは、着飾ったような豪華な料理ではありません。
そして、それらが物語の前面に主張してくるのではなく、日々の暮らしに寄り添うように、いい感じに登場する。
その場面、その瞬間の、三人の微妙な関係性や言葉にできない気持ちを象徴するような、とても大切な役割を担っていると思います。
もう一つ、この物語で京都の空気を象徴しているのが、主人公たちが暮らす京町家です。
最近では、お洒落にリノベーションしたレトロな町家が人気ですが、この物語に登場するのは、そんなお洒落さとは無縁の「ただ古いだけの家」。
でも、この飾らない昔ながらの京町家が、彼らの暮らしぶりをそのまま映し出しているようで、なんともいい味わいなのです。
実は、この「ただ古いだけの家」の描写を読んでいて、私の子供の頃を思い出しました。かつて私の祖父母が暮らしていた京都の家が、まさにそのものだったからです。
間口が狭くて、奥に細長い独特の造り。ガラガラと引き戸を開けて玄関を入ると、そこには家の裏まで真っ直ぐに伸びた土間がありました。
土間から上がれば、四畳半か六畳ほどの部屋が三つ、縦に連なっています。一番奥にはささやかな縁側があって、その向こうに小さな中庭がある……。
二階へ行くにも、よじ登るような狭くて急な階段を上がらなければなりません。お手洗いやお風呂に行くには、一度土間を通り抜けて、外にある中庭に面した場所まで行く必要がありました。
光が届きにくくて昼間でも薄暗いし、風通しも決して良いとは言えません。今の快適なマンションに比べれば、不便で、どこか空気がこもったような場所でした。
でも、そんな薄暗くて狭い居間に家族が集まって、祖母が作ってくれた素朴な料理を食べる時間は、子供ながらに楽しかったことを思い出します。
もちろん、私の子供時代の思い出と、物語の内容とが直接交わるわけではないのですが、私の記憶にある祖父母の家と似た雰囲気のある京町家に、どこかなつかしさを感じました。
そして、一見すると暮らしにくそうなその間取り、狭くて暗い部屋の中で、人と人とが「ちょうどよい距離感」で暮らす様子が、この『さんかく』という物語に、しっくりと馴染んでいる気がするのです。
恋人同士でも、友人でも、他人でもない。そんな曖昧な関係の中で、すれ違いや誤解に悩み、思い通りにいかないこともある。でも、素朴な料理を一緒に囲める誰かがいる。
そんな、どこにでもあるありふれた生活、当たり前だと思っていることの中にこそ、大切なことや喜びが隠れている、そんなことを感じられる物語でした。
千早茜さんの『さんかく』は、京都の人気スポットや観光名所の風景がたくさん登場するような物語ではありませんが、京都の空気感に物語全体が包まれている感じがします。
ここに描かれている、どこにでもいそうな30歳前後の男女の日常は、特に同年代の方には共感できる部分も多いのではないでしょうか。
結末は丸く収まったような、そうでないような。。。その後の三人の姿がとても気になる物語です。










