ふらっと立ち寄った本屋さんで、何気なくタイトルが目に留まる本があります。この記事で紹介する、高殿円さんの『上流階級 富久丸百貨店外商部』もそんな一冊でした。
「上流階級」って言葉、華やかな感じもするけど、どことなく謎めいた怪しげな雰囲気も漂いませんか?
タイトルからは、高価な品物を気前よく買い、お屋敷で優雅に暮らしているような、いわゆる“超VIP”の生活が描かれているのかと思いきや、主役は”外商部員”。百貨店の裏側で働く人たちの、仕事に向き合う姿を描く物語でした。
読んでいると、私にはまったく縁のない外商という仕事に、「こんなことまで引き受けるのか」と驚きながらも、普段は見えない世界をのぞき見るような面白さがあって、物語に自然と入り込んでいました。
主人公の鮫島静緒は、芦屋の老舗百貨店・富久丸の外商部で働く女性社員です。地元の洋菓子店のアルバイトから契約社員へ、そして実績を重ねて外商部へ──その経歴は百貨店の中でも異例のもの。
でも彼女の仕事ぶりからすると、当然の結果なのかなと思えてきます。慣れない外商の仕事に、「お金持ち相手に商売してるだけ」「そんな商売でいいのか」と戸惑いながらも、持ち前の負けん気と、独特のアイデアで、お客様や上司の期待に応えようと走り回ります。
それにしても、外商の仕事って思っていた以上に幅広くて奥が深いんですね。
自宅へ商品を直接届けたり、気に入ってもらえそうな商品を提案したりする、特別なお客様へのサービスという程度のイメージだったのですが、それだけじゃない。
結婚式から葬儀の手配、パーティーの企画に家のリフォーム、売り場にない商品の調達まで。まるで家族の相談役のように、お客様の生活に寄り添ってサポートするのです。
百貨店にとっては、年に何百万円、時には何千万円も買い物をしてくれるお客様は大切でしょう。それでも、家族のように接して生活のあらゆる場面を支えるなんて、想像もできない大変な仕事。
でもその大変さが、物語の中でユーモラスに描かれる場面もあれば、緊張感が漂う形で描かれることもあって、静緒の仕事の重みがじわりと伝わってきます。新規顧客を掴んだら、暴力団幹部の内縁の妻だったとか、招待客限定の特賓会に迷惑な客が怒鳴り込んできたとか。当然ながらお客様もいろいろです。

さんざん文句を言われたり、ムチャ振りされたりすれば、嫌みのひとつも言いたくなるし、ストレスも溜まるはず。それでも、お客様のためを想ってサービスを続けていれば、心から頼って感謝してくれる人にも出会える。
どんな仕事でも、結局は”人との繋がり”なんですよね。お客様が望んでいること、必要としていることを、どこまで考えることができるか。そこには、商品の値段とかお金持ちかどうかなんて関係ない。
最初は「お金持ち相手の商売でいいのか」と思っていた静緒も、ある時気づくんです。
百円のシュークリームも百万のダイヤも、それを欲しいって思うお客さんの気持ちは一緒なんじゃないかなって。じゃあ売るほうも同じ気持ちでいるべきなんじゃないのって
『上流階級 富久丸百貨店外商部』 Kindle版 P351
この物語は、上流階級の華やかな生活風景だけじゃなく、百貨店が持つ文化とか伝統、価値もそっと描いています。あなたにも、子供のころに百貨店に連れて行ってもらった楽しい思い出とかありませんか?
私が子供のころは、百貨店に行くってどこか特別なことだったように思います。目新しいおもちゃを見て、大食堂でお昼ご飯を食べて、普段は食べられないお菓子を買ってもらうみたいな。
近所のスーパーへ行く気軽さとは、また違った特別感があったように思います。百貨店には「ただ買い物をする場所」以上の何かがあるんですよね。
そんなちょっとした懐かしさも感じながら、仕事への向き合い方も印象に残るこの物語。気軽に読み進められるのに、気が付けば「明日からの仕事もがんばろう」と思える作品です。
シリーズとして4作品が刊行されている続編でも、静緒の活躍から目が離せそうにありません。










