あなたはスポーツが好きですか?
私はスポーツをするのも、見るのも大好き。最近はもっぱら見る方が多いですが、テレビで盛り上がったり、休日にはプロの試合を見に行ったりもします。
ということで、今回はスポーツ物の小説を選んでみました。
それが、万城目学さんの『八月の御所グラウンド』。
170回直木賞受賞作で、この中には、高校女子駅伝をテーマにした『十二月の都大路上下ル』と、草野球がテーマの『八月の御所グラウンド』の2作が納められています。
ここでは、本のタイトルでもある『八月の御所グラウンド』で、私が印象に残った場面を中心にご紹介します。
『八月の御所グラウンド』
ご当地度 :★★★★★
非日常度 :★★★☆☆
ほっこり度:★★★☆☆
一気読み度:★★★★★
余韻の深さ:★★★★☆
派手なスポーツ物語ではなく、ひとつのことに打ち込む姿と、裏にある寂しさや悔しさを描きます。2作合わせて200ページ程度のボリューム。物語のテンポもよくて、一気に読めます。
この物語、舞台は蒸し暑い夏の京都。ある大学生が、「たまひで杯」という、ちょっと訳の分からない草野球大会に、早朝から強制的に参加させられるお話。
最初はイヤイヤ参加させられた主人公も、寄せ集めのメンバーも、気づけば純粋に夢中になって野球をやっている。
でも、実はその裏に「やりたいのにできなかった」という背景のある、少し寂し気な物語です。
こんな物語の中で、私が一番印象に残ったのは、みんなが野球を楽しみ、勝ちを喜ぶむ姿でしょうか。それは、野球が楽しくてしかたなかった、小学生時代の私と重なったから。
小学生の頃、メジャーなスポーツといえば野球でした。放課後には友達と野球ばかりしていたように思います。
学校が終わって一度家に帰ると、グローブとバットを自転車に乗せて、そのまま校庭にとんぼ返り、みたいな感じでした。
人数が集まらなくても、打順が回ってこない時には相手チームの守りにつくとか、外野を守る人がいないので、外野に打ったらアウトとか。
もう野球の醍醐味もあったもんじゃないかもしれないけれど、勝手にルールを決めて、暗くなるまでやっていました。
日曜日ともなると、朝から近くの市民グラウンドに集まって、「今日はダブルヘッダーや」とか言いながら、お弁当持ちで野球。
他の学校の子たちと、居合わせた同い年ぐらいの子を助っ人に入れて、急遽「試合しよう!」となったこともありました。
思い出したら、いくらでも子供の頃の楽しかった野球の映像が浮かんできます。
さて、自分のことを書きすぎた感もありますが、『八月の御所グラウンド』の登場人物たちからも、「純粋に野球を楽しむ」「野球ができてうれしい」という気持ちが伝わってきます。
草野球といえども、やっぱり勝敗は気になります。でも、勝敗にかかわらず、とにかく野球を楽しんでいる姿。
メンバーが足りないからと誘われた助っ人たちも、「野球がしたいから」「仕事前の運動に丁度いい」とニコニコして楽しそうに、早朝にもかかわらず、次の試合も、その次の試合も参加してくれるのです。
物語の中で、「即席のチームのはずが完全にひとつにまとまった」と主人公が感じるのですが、知らない者どうしが、野球を通して仲間になっていく感じ。
この感じが、私の思い出と重なっているんですよね。
ただ、この物語の助っ人が、私の思い出の助っ人と違うこと。それは、この人たちが、あり得ないすごい人だったということ。野球が大好きだったのに、できなかった人たちだったのです。
彼らがどれほど野球が好きだったか。そして、なぜどこか寂しげな雰囲気を感じるのか。その理由は、物語の終盤に明かされることになります。
それは、野球が好きで夢中になった私にとっては、あまりに切ない事実でした。
純粋に野球に夢中になるシーンが、この物語の背景にある、「やりたくてもできない」寂しさを、より引き出しているように思います。
でも、みんなで野球ができたことで、助っ人たちも念願がかなったんだろうなと思うと、最後はスッキリした気持ちになる、そんな物語でした。
「たまひで杯」の試合が行われるのが、京都御所に実在しているグラウンド。京都御所の他にも、出町柳や三条大橋、河原町にあるパスタ店「セカンドハウス」など、物語には京都の街が随所に登場します。
野球に夢中になる大学生と、やっと野球ができた喜びを感じる助っ人たちの、少し寂しくて悔しくもあるけれど、どこか晴れやかな気持ちになれる『八月の御所グラウンド』。
野球に詳しくなくても、純粋に夢中になる姿と、その背景にある、どうすることもできなかった事実には、感じるものがあると思います。
この作品、京都が舞台の小説をまとめた、「京都が舞台のおすすめ小説10選」でも取り上げています。よろしければ覗いてみてください。










