「漫才でオカンを笑かし続けたる」
兵庫県尼崎市を舞台に描かれる、成海隼人さんの『尼崎ストロベリー』は、これでもかというほど息子を思うオカンと、そんなオカンを真っ直ぐに慕う息子の、笑いと涙が詰まった親子の愛情物語です。
『尼崎ストロベリー』
ご当地度 :★★★★☆
生活実感 :★★★★☆
ほっこり度:★★☆☆☆
一気読み度:★★★★☆
余韻の深さ:★★★★☆
悲しくて辛い場面もあるので、ほっこり度は低いのだけれど、そんな悲しいことも吹き飛ばすように、笑いに溢れた物語です。
尼崎といえば、阪神・阪急・JRの三路線が走り、梅田にも神戸にもすぐに出られる非常に便利な場所。
かつては治安や環境の面で少しネガティブなイメージを持たれることもありました。それが今では「住みたい街」のランキングで一位に選ばれるほど、その魅力が再評価されている街です。
私の中にある尼崎は、良くも悪くも「雑多」というイメージ。
高級で静かな住宅街もあれば、活気ある工業地帯もある。そして昔ながらの人情味が色濃く残り、阪神タイガースを熱烈に応援する商店街もある。
こんな独特の温度感を持つこの場所で、特に阪神尼崎駅周辺の空気感を中心に、物語は進んでいきます。
ここで暮らす親子二人の生活は、決して裕福ではありません。けれども、そこに苦労とか悲壮感とかは微塵も感じさせません。
自分たちなりの楽しみを見つけ、寄り添いながら朗らかに暮らす、どこにでもいる仲の良い親子。しかし、そんな穏やかな日常に、突然「オカンの癌」という大きな試練が立ちはだかります。
「癌の闘病」と聞くと、どうしても暗く悲しい話を想像してしまいますよね。
もちろん、大好きなオカンが入院してしまうのですから、しんみりする場面も出てきます。ただ、そんな状況にあっても常に「笑い」に溢れているのが、この物語です。
この「笑い」の中心となっているのが漫才。
オカンの笑顔をいつまでも見ていたい。その一心で、高校生の息子は親友とコンビを組み、漫才コンクールの優勝を目指します。
コンクール出場もコンビ名も出囃子も、みんなオカンの発案です。
物語中の漫才ネタも面白いのですが、それ以上に、友達やオカンとの何気ない日常の会話に笑ってしまう。
テンポの良い掛け合いが、まるで練りに練られた漫才のようで、読んでいると思わず吹き出してしまう場面が次々と出てきます。
もちろん、関西人だからといって、いつも漫才のように話をしているわけではないのですが、なぜか、どこかに「笑い」の要素が入っている気もします。
よく関西と関東では「笑い」が違うと言われますし、人それぞれ「笑いのツボ」も違うでしょう。とはいえ、誰しも共感できるだろうなと思ったオカンの言葉が、物語の終盤にありました。
マイナスなありとあらゆることをな、最後に全て、笑いに変えてほしいねん。
『尼崎ストロベリー』 単行本P141より引用
「笑い」があればすべてが解決する、なんて魔法のようなことは言いません。
けれど、その時は辛かったり、情けなかったりしたことも、後から振り返れば「最高の笑い話」になることって、たくさんあるのではないでしょうか。
久しぶりに会った友達と、「あんなこともあった、こんなこともあった」と笑い飛ばして盛り上がる「ネタ」になっているような話。
あなたにもありませんか?
オカンの言う「最後に笑いに変える」という言葉はきっと、嫌なこと、辛いことがあったとしても、下を向いて立ち止まっちゃダメ。
いつか振り返って笑える日が来るまで、前を向いて歩き続けなさい、というエールなのだろうと思います。
立ち止まってしまえば、過去を振り返る余裕も生まれないし、何よりその出来事を笑いのネタにすることもできないのですから。
雑多だけれども温かい尼崎の空気感と、そこに暮らすいつも「笑い」を忘れない親子。
『尼崎ストロベリー』は、いま何かに悩んでいたり、落ち込んでいたりしていたとしても、「なんとかなるわ、笑ろとこ!」と、明るいオカンが元気づけてくれます。
尼崎の街が変わってきたように、時が経って街も暮らしも変わったとしても、きっと「笑い」は変わらないはず。
最近ちょっと元気がでないな、という時にも、ピッタリの物語です。
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